2015年11月26日木曜日

弦とハンマーの話


昨日から寒くなりましたね〜。
私は週末から水曜日まで比較的暖かい愛知県にいたので、つくばに戻ってきてのこの寒さ、温度差が体にこたえています〜。


さて、我が家の次男は毎日小学校から帰宅すると、まずヴァイオリンを弾いて、それから遊びにでかけます。
それで今日も弾いていたら、ヴァイオリンのE線という弦が切れてしまいました。分数楽器でも、切れるとけっこう大きな音がするんですね。本人も頬に弦が当たったそうで驚いていました。

小さな子供の弦が切れたのは初めて見ましたが、弦楽器は自分で新しい弦を張ってすぐに直せていいなと少し思いました。ピアノの弦が切れたら調律師さん待ちなので、もう大変なことです。


私は中学生の頃にピアノのハンマーを折っていて、なぜハンマーが折れたのか謎なのですが、そんな珍しい経験があります。
熱中して弾いていたら(なにせ若いので無茶なことをしていたのかも)『ゴキッ!』という尋常じゃない音が前方からして、『ガランゴロンガラン!』と何かが転がっていく音。
「え?なに今の?」と覗き込んだらハンマーが1本転がっていて、長い柄の所が折れていました。今まで沢山の友達や知り合いに「ハンマーって折れたことある?」と聞いたけれど、誰もが「ないよ!ありえない!」というばかりで本当に謎。誰か、折った人はいないかなぁ。分かち合いたい。
(ハンマーは上の写真の、白いフェルトの付いた棒。ピアノはこのハンマーで弦をはじいて音を出しています。)


ヴァイオリンもピアノも、触れているとしみじみ可愛いんですよね。私の相棒も、そろそろ調律してもらおう。。。



<おまけ話>
子供達がヴァイオリンを弾く時は(長男もヴァイオリンを弾きます)私がスペシャル綺麗な伴奏^^をつけてあげていて、その時間が好きです。

今日は寒い一日でしたが、子供達と音楽を共に楽しんでいると笑顔と思いやりにあふれた空間となって心が温まります。互いに信頼関係が増すというか、相手の良いところ(持ち味)を尊重して認め合うのがよく分かる瞬間なのかもしれません。
そして好きなものをこうやって生活の中で楽しんで生きていくんだよ、ということを食事を与えるかのように、毎日子供達の心に愛情とともに注ぎ込む大切な時間でもあります。

冬は寒いけれど、音楽で心はポカポカ♪
素敵な曲を残してくれた作曲家の皆さん、ありがとう!!

2015年9月26日土曜日

小説家と演奏家

飯田橋文学会という、作家や翻訳家のグループがある。
その発足会見(2013年)で、作家の田中慎弥がこの人独特の言い方で、いい事を言っていた。

この動画では、作家に対する「読者に求めるものは」「批評について」等の質問に、平野啓一郎、柴崎友香、田中慎弥、ロバート・キャンベルが順番に答えている。
田中氏の応答は8:45から。

「飯田橋文学会」の文学LIVE!


音楽の評論に似たようなことを若い頃からずいぶんと感じてきたので、田中氏の歯に衣着せぬ物言いを面白く聞いた。

音楽の場合、やったことのない人(評論家)が無理に難しく作品や演奏の分析をすると、特有のとんちんかんな展開が繰り出されるので、もう少し素直に感じたことを書いてくれればこんな事にはならないのにナと思うことが多々ある。
やったことがなくても、素直に感じた事を述べてくれた場合、これがかなり鋭い事を言っていることがあって、こちらのほうが私には信用できるのだ。


「批評し続けてくれることが有り難い」
「これからもこの人は読んでくれるのであろうから、きちんと書かないといけない」
というのも、もの凄くよく分かる。
あのプログラムもこのプログラムも、どんな時も聴き続けてくれる人の存在が、「今日のこの日までどう過ごしてきたか演奏から分かるのだろうな」あるいは「この曲をこう弾いたらどう思うだろうか」などと、常に緊張感を持たせてくれる。


「励みは必要ありません」
みんな笑ったけれど(田中氏が言うから可笑しい^^)、でもこれは芸術家はみんなそうなんじゃないかな。
励みがあれば頑張れるとか、何か理由があるからやるというのは論外で、ただそれをやらずにいられないから黙々とやるだけ、というのが大前提なんだろう。

だけど「励み」を通して、小説家と演奏家ではちょっと違うんだろうなとも思う。
小説家は書き上げたら作品が自分の手を離れて、あとは読者にゆだねられる。ここから小説家にできる事はない。
作曲家も小説家に似て、曲を書いている時にやはり励みは必要なくて、依頼であっても誰のためというよりは自分が書きたいからで、やっぱり書かずにいられないから書いているのだと思う。

私たち演奏家も日々、さらう事に(楽器を練習する事を「さらう」という)同じく励みは必要ないけれど、仕上げたそれを生の場所で、人々の前で舞台に立つとき、応援してもらっている励みが大きな力になるし、驚くような演奏を生み出す事があると思う。励みは必要だ。誰にも応援してもらっていないと感じたら、かなりしょんぼりすると思う(笑)。
その瞬間の生もののパフォーマンスならではの、違いかなと思う。


そして、励みは必要ないと言いながら、日々孤独な闘いをする田中氏の「どこかでいつも鋭い目で見ていてくれる人がいるという意識を持てる、緊張感が有り難い」と語る姿に、心打たれるのであった。
そう、嬉しいんだよね、本当に!

2015年9月20日日曜日

ポジティブという罠

なんだか怪しげな題名になってしまった(笑)

私は生後まもなく手術をして1ヶ月は集中治療室育ち、という影響で子供の頃から食が細い。

なので子供の頃によく言われた「朝ご飯をしっかり食べて、元気な子に育ちましょう」は私にとって天敵のような言葉で、このスローガンを信じきって母親が朝から張り切る事にほとほと困っていた。
私の体はというと、朝ご飯をしっかり食べさせられると一日胃痛が治まらず心も憂鬱で、ほとんど食べられなかった日は体も心も軽く冴えに冴えていた。。


幼い頃にこういう特殊でマイノリティーな事情を抱えると、世の中でまことしやかに言われている事に対して「それ本当だろうか?」と思うようになる。


最近世の中でよく聞く言葉に「ポジティブ」という言葉がある。

「ポジティブ」とか「前向き」な考え方は大切なのだけど、ただポジティブを良しとして生きようとすると危険だと思う。

仕事だとか、本当にやりたい事でうまくいかない時はかなり辛い。そして辛くても、こんな時ほど前向きに頑張らなくてはと思う。
だけどこういう時の前向きは、現実を逃避していることに他ならない。ニュートラルな上のポジティブではないからだ。ポジティブに生きようとしたせいで、現実を受け入れることが出来なくなってしまう。
その辛い現実の原因1つ1つをなかったことのようにして、元気にふるまって頑張ろうとしてしまう。

そうすると自分を客観的に見ることが出来なくなるので、状況を解決することが難しくなる。
なぜ今の状況になったのか。原因は何か。原因を分析して何をすれば良いのか。現実を受け入れた心で客観的に考えなければ、答えは全く見えてこないと思う。

「今までも前向きで乗り切ってきたから今の自分がある」とか、「自分は恵まれている」「自分は運がいいから大丈夫」という強がりも現実逃避だと思ったほうがいい。客観的に見ている他人からすると全く乗り切っていないイマイチな事がほとんどで、現実を受け入れて本腰で考えたらもっと一皮むけるのにな、なんて思われていたりするのだ。気が付かないのは自分だけだと思うと恐ろしい。


ポジティブとネガティブの上位概念に、受け入れるということがある。これをいつも確認していれば、目から鱗のやるべき事が見えてくる。せっかくやる気があるのに空回りしてしまったり、やりたい事があるのに中途半端になってしまうというもったいない事にはならないと思う。澄んだ心で、物事を見極めたい。

2015年9月17日木曜日

始めに音ありき

最近、言葉以前に「音」が人の精神に与える影響というのは、思っている以上に大きいんじゃないかと思い始めた。

というのは、私は不快な音を聞いたその日、ピアノを弾くとどうもしっくりこないという現象に見舞われる。つまり何というか、心が汚れたような感覚というか、軽く疲弊しているというか、その不純物を浄化するためにしばらく弾くことになるのだ。
そうやってしばらく浄化した後で、ようやく本当の柔らかく澄んだ心で音楽に向き合えるという具合。
これは一体どういうことだろう?


胎児の聴覚は妊娠6ヶ月くらいで完成するそうで、その頃から胎児は羊水を通して母親の声や外界の音を聴いている。
そして生まれてからもしばらくは視覚より聴覚が発達しているから、私達にとって世界は、まず音から始まるということになる。



近代以降の印刷技術で人々が視覚中心になる前の時代は、昔話や民族音楽が口伝承だったり、自然への畏怖を音で強烈に感じていたりと、はるか昔の人々は今より音に敏感だったはずだ。


目はつむることが出来るけれど、耳は基本的にふさぐことが出来ない。否応なしに入ってくる音を、私達は全て聞こえた上で選別しているのだ。耳(脳)は本人の無意識なところで音を分析している。

視覚で得るデータと、聴覚で得るデータとでは、視覚のほうがずっとずっと多い。百聞は一見にしかず。でも視覚で得たデータを私達の脳が理解(分析)出来ているかというと、それはデータが多すぎてほとんど出来ていないのだ。明暗と、3原色と、形と、、、あと何だ?

聴覚というのは視覚と比べるとどうやら単純なものらしい。
しかし侮ることなかれ。聴覚はデータが少ないゆえに、脳はこのデータを深く分析することが出来るのだ。


耳から入ってくる無数の音を、意識している部分はもちろん、無意識なところでも脳が深く分析している。
これって知らず知らずのうちに、私達の心や身体に強い影響を与えているんじゃないか?と思う。
そう考えると、不快な音を聞いた後に起きる現象も納得がいくというか。。


せめて意識できるところでは、美しい音を聴きたいと改めて思う。音楽があって、良かった。。。

2015年8月17日月曜日

そこにいる人を粗末にしない


小野正嗣さんが「学問のススメ」というラジオ番組にゲスト出演した時の音源を、YouTubeに発見したのでご紹介します。

「学問のススメ 小野正嗣」


・・・たいして自分の意見も述べずして「私もこの人と同意見です」なんて言うのは小狡い行為な気がして、ここに書くのは気が引けたのだけど(考えをまとめた人と、まとめていない人とでは中身に雲泥の差があるから・・・)、
小野さんがいつも心掛けているという「目の前にいる人に対して、注意を欠くようなことだけはしたくない」「そこにいる人を粗末にしない」を聞いて、本当に大切なことだなと思いました。


目の前の人に心を傾けることが出来たなら、悲しい思いをする人は減って、温かな気持ちになる人が増える。
完ぺきにできなくてもいいから、いつも心掛けながら生きていきたい。後からでもちゃんと気が付きたい。襟を正す気持ちにさせてもらいました。

小野さんの優しく陽気な人柄がにじみ出ていて、素敵な対談です。パーソナリティ蒲田さんの聞き方もうまいんだなぁ・・。



おまけ。
小野さんが2015年前期の芥川賞を受賞した時のこと・・・発表の日、だいたいの候補者は文芸関係の仲間と過ごしたり、編集者と過ごしたりして賞の連絡を待つらしいけれど、小野さんは家で子供達とお風呂に入っていた。
小野さんには育ち盛りの4人の子供がいて、「発表だからといって、妻だけにやんちゃな子供らの世話を押しつけるわけにはいきませんよねぇ」と照れながら当日の話を別のトーク番組でしていた。
ちなみに奥さんはその時「選ばれたら夕食はいらないの?夕食時に迷惑な話じゃない?選考委員の先生たちはきっと夕食でも食べながらやってるんだよ!」と、これは小野さんの緊張をほぐすためにわざと悪態をついて明るくふるまっていたらしい。心を傾け合う、素敵なご夫婦である。

2015年8月10日月曜日

分人主義 後編

書きかけのまま、前回から1ヶ月も空けてしまった。。覗いてくださった方はごめんなさい!そしてありがとうございます。
毎日暑い日が続きますが、私は元気にしています。どうか皆様もお体を大切に、素敵な夏をお過ごしください!




「分人」の考えを認めて楽になるとすると、具体的にどんなふうに楽になるのかなと考えてみる。

複数のコミュニティーを持つことが楽しくなる。そして人間関係を煩わしく感じることが軽減すると思う。
複数のコミュニティーを持たず1つのコミュニティーで「なりたい自分をなんとしても体現」すると(あるいは複数のコミュニティーに属していても常に同じ「ただ1つの自分」を認知してもらおうと押し通すと)、自分の考えを他人に押しつけたりアクが強すぎたり、また不自然だったりで人に敬遠される。これは本人にとってもかなり息苦しいのではないか。

複数のコミュニティーに属し、各々の対人関係で自分の持ち味が変わると自覚していれば、それぞれの自分を追い詰めずに適度に楽しめるんじゃないかと思う。

1つのコミュニティーで「あ、私悪いことをしちゃったかな」とか「失敗しちゃったな〜」と落ち込むような事柄があっても、複数のコミュニティーでそれぞれの分人を生きていれば、その時うまくいっているコミュニティーでの自分を輝かせてモチベーションを上げる。その事によって元気が出るので、失敗しちゃったと思ったコミュニティーに対しても前向きに考える余力できて「次は挽回できるように頑張るぞ!ドンマイ!」とポジティブになれるような気がする。

人間誰しも多かれ少なかれ複数のコミュニティーを持っていて、中には自分の苦手なコミュニティーに属さなくてはいけない時もあるだろう。そこでの自分を好きになれない事もある。でも分人の考えがあれば「そんなもんだよな」と気が楽になるし、そんな時こそ好きな分人の自分を足がかりに生きていけば良い。


それに他人に対しても、自分に接している相手は分人の1つを見せているだけなのだと思えば「この人はこういう人だ」と決めつけずに済むし、こちらが決めつけないほうが柔軟な姿勢で接することが出来るので、相手は自分に色々な自分を見せやすくなって面白い話ができるチャンスが増えると思う。
誰か他人の事を「つまらない人だな」と思う時は、実は自分が相手にそうさせているという事もある、というのを思うか思わないかはその関係を大きく変える重要な意識だと思う。


平野啓一郎に戻ると、自分の中にある複数の分人の構成比率によって、その人の個性が決定されると平野は言う。
そうかもしれない。自分が好きな分人で生きる時間が比率として多ければ(あるいは時間が長くなくても毎日心の拠り所に出来ていれば)その人は幸せということになるのかもしれない。

2015年7月9日木曜日

分人主義 中編

日本語の「個人」が一般的に広まったのは明治になってからで、英語のindividual(もうこれ以上分けられない)の翻訳として「個人」が生まれたらしい。

そして今私達が使っている意味の「個人」は戦後から使われるようになって、高度成長期後半からその意味合いが色濃くなった。その意味とは、個人にはそれぞれ個性があるべきで、その個性はどこに行っても「私は私」として変わらないでいるのが素晴らしいというもの。


でも実際には人が色んな人と接する時にはどうしても色々な顔になるもので、なのに近代の社会では何か悪い事のように言われてしまっていた。あいつは裏があるだとか、八方美人だとか、私の知ってる顔と全然違う顔があるとか。

そういう事を言って「私はこういう人間なんで受け入れてください」とか「オレはオレで通っている」というやり方では、他者とのコミュニケーションがなかなかうまくいかない。
たった1つの本当の自分を求めて悩んだり、本当の自分を探しに行くというのは実は危険な行為で、ドツボにはまる可能性があると思う。自分という性格は他者の存在なしに生まれることがないからで、自分の中だけに完結できるものではない。



「個人」を整数の1とすると、分数的に「分人(dividual)」と名付けて、自分の中には色んな分人が相手に応じているとみんなで認め合えば楽に生きられるんじゃないか。というのが平野の提案。同じような事を内田樹も言っていてこちらもなかなか良かったけれど、内田は「別人」という表現を使っていた。別人という言い方はちょっとなぁ・・・(笑)。

インターネットが普及した今の世の中では特に、「分人」の考え方を持っていたほうがいいと思う。ブログやFBによって、普段接しているあの人と画面の中のあの人は全然違うこともあると明らかになってきているから。他人の今までは知らなかった複数のコミュニティーを、今は垣間見られちゃう時代だから。


自分でも、色んな顔があることをやましいと感じたり「本当の自分じゃない」とか「演技してしまっているんじゃないか」とか思わなくていいと思う。そんなことはなくて、やっぱり状況や相手ごとに色んな自分になるというのは自然なことだし認めていいと思う。

2015年7月1日水曜日

分人主義 前編


平野啓一郎の『私とは何か』は2012年の出版。
この本は小説でもエッセイでもなくて、平野の提案というか、まぁいわゆる新書。

この人が小説を書く動機の半分は、自分の罹っている病気に効く薬を開発している研究者というようなスタンスで、常に自分自身が抱える問題を書いている。
そして同時に、自分に効いた薬は人にも効くんじゃないかという気持ちで更にダイレクトに伝えてきたのがこの新書だ。

平野は1975年生まれなので、バブル崩壊後に社会に出た世代には特に共感する所が多いかもしれない。私もその世代である。


私はこの本を読んでだいぶ心が楽になったというか、長年何となくやりづらいなぁと思っていたことから解放されたと思っている。


普段は積極的な性格なのに、海外に行くとだいぶ消極的な性格になるとか。語学をかなり勉強して行っても、母国にいた時のように冗談を飛ばしたり真剣に議論したりするのは難しくて、人格もかなり変わるというのはよくある話だ。

あの人ドSだよね、この人Mっぽいよねとか自分に見えてる側面で決めつけてみるけれど本当は誰でも、接する相手によって1人の人間の性格がSにもMにも変化していることとか。

共通の話題があって気の合う人といると陽気でお喋りなのに、共通の話題がなかったり価値観が違うとまるで喋れなくて陰気にさえなるとか。

もうちょっと個人的なことでは、仕事をしている時の自分と母である時の自分とで持ち味があまりに違うので、その2つが混ざる瞬間にはどちらも中途半端になってしまったりとか。



若い頃はこういう事がやりづらかったり気になったりしていたけれど、年齢を重ねるうちに何となく「まぁいっか」と受け入れられるようになっていた。

それでこの「私とは何か」の分人を知った時、ストンと腑に落ちてすっかり楽になったのだった。

2015年5月28日木曜日

行き詰まりが勝負どころ

最近、ひしひしと感じることがある。

表現をする人間というのは結局のところ、行(ゆ)き詰まりこそが土俵なんじゃないかと。

行き詰まりの来ないうちはまだまだで、自分の中にある引き出しからあれもこれもと出して考えに考えて、やれる事は全部やって自分の中にはもう何も材料がなくなってしまった・・・でもまだだ・・・という状態になってからが勝負どころ。この状況を迎えないことにはどうしようもないと、最近骨身にしみて思っている。


そういう時、私は外の世界へ探しに出掛ける。
若い頃は自由の身だからどこへでも行けたけれど、幼い子がいた時でさえ、音楽を考えていて行き詰まったら1歳やそこらの子を背負って散歩に出ていた。

そうやって歩いていると、土の匂いだとか風が通り抜けていく感覚や、道で遊んでいる子供達の声だとか通り過ぎる人の表情、私の背中に安心してくっついている子供のぬくもりなど、一つ一つが自分の肉体の中で曲へと導く断片を呼び起こしていく。

そしてそこから自分でも驚くような発想を、肉体が生み出してくれるという瞬間がくる。
これが産みの苦しみなのだけど、これがなければ「!!」の瞬間にはたどり着けないからやるしかない。
きっとこれは表現者だけでなく、研究者にも似た所があるんじゃないかと想像してみたりする。どうだろう?



何年も前に幼い子どもをおんぶして、メロディーを口ずさみながら散歩していた時のこと。
向こうから来る犬の散歩をしていたおじさんが「どうした?何か探し物か?」と心配してくれたことがあった。
落とし物はしていなかったけれど、確かに頭の中では探し物をしていたから、私がよっぽど真剣な探し顔をしていたんだと恥ずかしくなってしまった。
思い出すとその情景が何となくおかしくて笑ってしまうのだけど、人の表情を見て心配してくれるなんて、人は優しいなとしみじみ思う。

2015年5月21日木曜日

音楽と年齢

40歳を越えて、音楽をする上での年齢のことを色々感じることがある。

沢山の本番をこなしながら日本中を駆け回り、本番という経験の宝を手に多忙な中でその練習に明け暮れた20代と、

子育てをしながらむさぼるように楽曲の研究に没頭して、今までの経験が自分の中で結実していく感覚を手に入れた30代と、

そして40代になって、若い頃と今とでは作品を見た時の感じ方が大きく違ってきていて、自分の歩んできた道というか成熟への過程を感じるようになった今と。


肉体的な衰え(例えば反射的なものだったり計算能力だったり、持久力だったり)はあるのかもしれないけれど、その衰えてきたところを今までの経験で培ったものーーー例えば楽曲の全体像を瞬時に見て掴むとか、沢山のデータの中からカギになる所をパッと見つけるとか、そういう勘(勘とは、経験の積み重ねで磨かれて身に付くもの)や感覚的なところーーーは若い頃より優れているわけだから、そこを大事に磨いていくのがいいのかなと思っている。


ただ、年を重ねたから作品の読み方が深いとは限らなくて、内容によっては、若ければこそ深く読めることもある。
人間の能力とは不思議であり面白いもので、そして愛しいほどの短い時間で変化していく。


気が付けば、子供の頃から大好きな作曲家の享年を過ぎていることもある。
いつのまにか大天才達より自分のほうが年上になっているわけだけど、楽曲を研究すればするほどド肝を抜かれる秘密のトリックが隠されていることが分かって、あぁ〜やっぱり天才はすごいなと思い知らされる毎日なのだった。

作曲家以外でも、年齢の追い越し現象が始まっている。
宮沢賢治だって昔は敬愛するお兄さんだったのに、今は可愛い(でも偉大な)弟になった。



余談だけど、自分が年上だからというだけで若年者に対して「教えてやろう」というスタンスで接している人をたまに見かける。
幸い私の周りにはいないのだけど、こういう人を見かける度に「あぁ、この人は成長が止まってしまった人なんだな」と思う。
誰からも学ぶことができる柔らかな心でなければ何も学ぶことはできないし、その吸収することをやめた固い心では物事の本質を見つめることは難しい。

だからそういう人は年下の者に対して高圧的な態度を取ったり、ダメ出しをすることでしか自分を保てないのだろうと推測する。

柔らかな心をもって、何からも学ぶ人間でありたいな。

2015年5月16日土曜日

祈り

GWに張り切って遊びすぎてしまい、ようやくその疲れが取れた今日このごろ。。


「ワーグナーとユダヤ人のわたし」というドキュメンタリーを見た。
タイトルだけでドキッとしてしまう人も多いかもしれない。私もその一人だ。


このドキュメンタリーは2010年イギリスWavelenght Filmsの制作。
著名な番組プレゼンターのスティーブン・フライは、子供時代からワーグナーの音楽に魅了されてきた。

ドキュメンタリーの冒頭で、彼はこう語る。
「自分の愛する音楽を、その作曲者の劇場で鑑賞するのが私の長年の夢でした。
しかし、あのヒトラーもバイロイトに引き寄せられました。
私はユダヤ人であり、親族をホロコーストで失っています。
私が祝祭劇場のシートに座る前に、それが(バイロイトで鑑賞することが)間違いではないと確認する必要があります。」



あんなことに悪用されなければ、ワーグナーは19世紀で最も素晴らしい作曲家だと何の疑いもなく言われていたかもしれない。ショパンやリストさえ追いつけないくらいに。

でも誰かと比べるなんて馬鹿げているから、ワーグナーは特別枠ということにしておこう。だいたいワグネリアンという名称で呼ばれるようなファンが他の作曲家にはいるだろうか。あのバッハにだって、ベートーヴェンにだって、ドビュッシーにだって、コアなファンは山ほどいるのにワグネリアンのような呼ばれ方をすることはない。ワーグナーは特別だ。



このドキュメンタリーはよく出来ている。その魅力の一つに、進行役のスティーブン・フライの存在が大きい。
アーノルド・ローベルの絵本「ふたりはともだち」のかえる君のような容姿で、それでいてコミカルでキュートな性格で目が離せないのだ。

冒頭で「間違いではないと確信する必要があります」と言って彼はワーグナーの人生をたどる旅に出た。
そしてドキュメンタリーの後半では、ワーグナーのいなくなった時代に作品がホロコーストに利用される暗黒時代と向き合う。

アウシュビッツに収容されていて生還したチェリストに会いに行き、自分はバイロイトに行ってもいいのか問う。


悩み苦しんで、彼が出した結論はこうだ。
「私はワーグナーもバイロイトも、ヒトラーに譲るわけにはいかないのです。」

これを聞いた時、それまで感傷的に見ていたわけでもないのに泣きそうになってしまった。
そこで気が付いたのだけど、私も傷ついていたのだ。

私にとって音楽は神聖なものであり、何があっても「それでもこの世は美しい」と勇気づけてくれるのが音楽だ。
音楽は人が人を思いやる愛であり、希望であり、私は音楽で祈っている。
私が小学1年生の時の将来の夢は卑弥呼で、巫女になりたかった。2年生の頃からピアニストになりたいと思うようになって、それは音楽を奏でることで祈るということを知ったからだった。人を思いやる温かな心がこの世を満たすために私は祈り、弾いていたのだ。

だから、人殺しのために音楽が使われたことに心底傷ついていた。それをスティーブン・フライの「譲るわけにはいかない」という決心を聞いて「そうだ、譲るわけにはいかないよね」と胸が熱くなったのだった。


このドキュメンタリーに興味がある方にはDVDをお貸しします。ぜひおすすめですよ!

2015年4月24日金曜日

R.シュトラウス 4つの最後の歌


この季節にはこれを聴きたい!シリーズ。
今回は、初夏〜晩秋に合う曲ということでリヒャルト・シュトラウスの歌曲「4つの最後の歌」をチョイス。

この歌曲はシュトラウスの晩年に書かれた作品で、
第1曲 : 春(ヘッセ詩)
第2曲 : 九月(ヘッセ詩)
第3曲 : 眠りにつこうとして(ヘッセ詩)
第4曲: 夕映えの中で(アイヒェンドルフ詩)
の全4曲でワンセット。

どの曲も甲乙付けがたく素敵なのだけど、第1曲の「春」はシュトラウスらしく瑞々しい植物の蔓が急成長するかのような転調に次ぐ転調で彼のオペラ「バラの騎士」のようでもあり麗しい。

R.シュトラウス 4つの最後の歌「春」

上のリンクはフラグスタッド&フルトヴェングラーによる1950年の録音で、「4つの最後の歌」世界初演のリハーサル音源。これが最高なんだなぁ。。。私もこのCDを持っていてお気に入りなのだけど、youtubeのはずいぶん音がゆがんでるね、何でだろ?もしかしてレコードから音取った?


だけどやっぱりこの曲集の中で1番好きなのは・・・終曲の「夕映えの中で」かな。
自分の生涯の最後に、心の中にこの曲が流れていたらそれはどんなに幸せな死だろうかと思う。だけど私は自分のいまわの際にこういう事を思いたいとか聴きたいというのはないから、やっぱり特にこれをという希望はないかな。
・・・私は虫や自然に暮らす生き物を観察するのが好きだ。彼らは自分の最後の状況を選ぶことは出来ないし、望むくらいは許されるのだろうけど、みっともなく騒ぐこともなく精一杯やるだけだ。甘えの卑しさがない堂々とした生き方に、私は憧れる。彼らを見ていると、生きるとは受け入れることと同義なのだと強く感じる。


生き物たちがその生命を謳歌する初夏〜晩秋は、自然とこの曲が私の心の中にいつも湧き出て、満たされた感謝の気持ちでいっぱいになる。あまりのこの世界の美しい情景に胸が苦しくなるくらいに感動してしまう。特に夕暮れ時に美しい空を見たときは毎回・・・。

R.シュトラウス 4つの最後の歌「夕映えの中で」


夕映えの中で(アイヒェンドルフ詩)

苦しみにつけ、よろこびにつけ、
ぼくらは手をとりあって歩んできた、
さすらいの足をとどめて、いまぼくら(二人)は
静かな田園を見はらす丘でやすらう。

ぼくらのまわりに、谷々がおちこみ、
空ははや暮れかかっている、
二羽のひばりだけが、昼の名残りを追って
まだ夕もやの中にのぼったままだ。

こっちへおいで、ひばりがさえずるにまかせて
じきにもう眠りの時間がくる、
この二人きりのさびしさの中で
ぼくらははぐれないようにしよう。

おお、このひろびろとした静かな平和!
こんなに深々と夕映えに染まって。

旅の疲れが重くぼくらにのしかかっている
ひょっとしたら、これが死だろうか?



このアイヒェンドルフの詩の最終節の始まりで、シュトラウスは彼の交響詩「死と変容」の浄化のモチーフの用いている。後奏の始めにそのモチーフをまた高らかに鳴らして、前奏のモチーフへと繫げている。(これ、パソコンから聞こえてくる音をそのままに聞くと高らかでも何でもないのだけど、このコンサートホールの中に自分がいて、この緊張感の中でこの超絶うまい生のオーケストラの重厚な響きの中に自分が包まれていると想像して聴いてほしい。そして聞こえてこない音さえも聴いてほしい。それから曲が終わった時にこそ本当の音楽が始まることを感じてほしい。きっと現場にいたらあまりの興奮に失神寸前だと思う!笑)
鳥がさえずり、浄化されて広がっていく音とこの深い沈黙はアルプスに暮らした彼の魂そのものだ。彼の見ていた景色が私の目に宿り、この世界の美しさを教えて温かな勇気を与えてくれる。

2015年3月29日日曜日

奥の細道

前回の短歌につづいて、今日は俳句の話。
今まで、俳句にはときめきを感じないナ・・と思ってきたけれど、ここ数年はいいじゃない!と思うようになってきた。
・・・桜に対して子供はさほど興味を示さず、ある程度の年齢を重ねてようやく心にグッとくるのと似ているのかもしれない。

俳句といえば、いまだ芭蕉の人気は衰えていない。
この人の俳句は韻律や季語の感覚が優れているだけでなく、「母音の響き」で時空を超えて読む人の心を揺り動かし続けているのがすごい。


夏草や
 兵どもが
  夢のあと

natsukusaya tsuwamonodonoga yumenoato

この句での o の耳残りは強く、全体的に o の音に支配されている。
o は母音の中で1番悲しい性質を持つ音だ。この句を口ずさむと、 o の低い音が心に沈み込んできて、物悲しい過去の物語に思いを馳せることになるのだ。



閑さや
 岩にしみ入
  蝉の声

shizukasaya iwanishimiiru seminokoe

この句は i の音の支配。
i は攻撃的な性質を持つけれど、句を声に出してみると他の音とのバランスがよく(特に、閑さやの a の解放音の連続がいいのかもしれない)、攻撃的とは一言で言えないような、ミーンという蝉のうるささをどこか微笑込みの記憶として呼び起こされる。

蝉のいる森林の情景と、夏のにおいと、自分の息づかいと、そして鳴き声の合間に浮かび上がる静寂の空間が胸にせまってくる。生きているこの時間の愛おしさを、たった17文字で表しちゃう。やっぱり俳句、いいじゃないか!

言葉の短さと、描かれている情景のダイナミックさの対比が気持ちよくて、美しい。


岩手の平泉へ行ってみたい。
中尊寺へと続く奥の細道で、私も文字だけでなく、その自然の中で芭蕉に会いたい。

2015年3月24日火曜日

かっこいい言葉


穂村弘さんの短歌集を買った。

私は言葉で何かを伝える時、文章が長くなってしまうことが多い。あれもこれもと補足して、文字数がやたらと多くなるパターン。。

短歌は少ない文字数で鋭いパンチを与えたり、短い言葉なのに読む人の内側にじんわりその世界が広がっていったりして、すごいなぁ・・・かっこいいなぁ・・・と憧れてしまうジャンルなのだ。

シンジケートの中から、穂村弘さんの短歌をいくつか。
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乾燥機のドラムの中に共用のシャツ回る音聞きつつ眠る

ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は

「耳で飛ぶ象がほんとにいるのなら おそろしいよね そいつのうんこ」

「鮫はオルガンの音が好きなの知っていた?」五時間泣いた後におまえは

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短い言葉の連なりで情景も心情も連想させるなんて、な〜んて素敵なんだろう。
その面白さは、とても愉快な気持ちにさせてくれる。

2015年3月21日土曜日

受け継ぐ 受け渡す

三津五郎がいなくなって残念に思うけれど、一方では若い人が芸の道を歩み始めている。

歌舞伎の家の子には3種類あって、歌舞伎が好きでしょうがない子。それからどちらでもなく普通の子。それから歌舞伎が嫌いな子。大半が普通の子で、三津五郎は歌舞伎が好きで好きでしょうがない珍しい子だった。

片岡仁左衛門の孫、千之助もきっと歌舞伎が好きな子だ。
千之助は2011年、憧れのオーパと連獅子を舞った。(仁左衛門はおじいちゃんではなくオーパと呼ばれているらしい。さすが、いまだ色気の衰えぬ孝夫にふさわしい・・)

この時千之助は小学6年生。
稽古風景を追った番組の動画が残っている。
人気役者仁左衛門の、最愛の孫を優しく見つめるまなざしと、芸においては甘えを許さない厳しいまなざしとを見られる貴重な映像だと思う。





連獅子はミーハー度が高い演目だな〜と思いつつ、親が子を案じながらも試練を与える物語と役者親子の葛藤とが重なって、観る者を魅了するいい作品だ。

こういうのを見ると、どうか素晴らしい役者に成長してくれますように、いいものを見せて下さいねと願わずにいられない。がんばれ若い人!

2015年3月19日木曜日

朝のバッハ

いつも一日の練習の初めは、バッハから。
平均律集から好きな曲を1曲弾いて、それからヴァイオリンかチェロの無伴奏組曲を1ピースだけ。それから気が向けばカンタータを弾くこともある。
一日の最初にバッハを体に通すと、自分の身体と精神の状態がよく分かるから、私にとっては大切なバロメーターだ。

何をどういう目的で練習するかは、長いビジョンでだいたい決めているけれど、その上で綿密な取り決めはその日その日ごとに今の状態を計算しながら、前日の晩に眠りに落ちる直前と、朝目が覚めて布団の中とで決めてから一日が始まる。それで最終チェックのバッハでカウンセリングして本決まり。あとは取り組むのみ。

今朝のバッハはどうだったのかというと、ものすごく調子が良かった!感謝。

2015年3月12日木曜日

自分なりの人生観・世界観

梅原猛 対論集の1巻に、こんな話がある。

梅原「京大の哲学科には西田(幾多郎)・田辺(元)の哲学の伝統がある。そこでは西洋哲学を学ぶと同時に仏教を学ばないかんという考えがある。西田さんは禅、田辺さんはだいたい親鸞と、そういう空気があったんです。

ところが戦後の京都大学では、西田・田辺の影響を受けた人が追放されて、田中美知太郎さんとか野田又夫さんとかの、西洋哲学の研究者をしていればそれが哲学だという考え方が主流となった。野田さんなんか、「梅原君、自分の哲学というのをやめなさい」と言うんだ。先生の言葉だから黙っとったけど、自分の哲学をやらんで、何をするんだと思った。

またある先生は、「あと百年くらいは西洋哲学を研究し、それ以後『日本の哲学』というものが出てくるかもしれない」と呑気なことを言う。それじゃ自分の人生がなくなる。やっぱり自分の人生をどう生きるか、それには自分の哲学が必要だ。自分は自分なりの人生観・世界観を持って、そういうものを一貫した論理を持って体系的思想にする、それが哲学じゃないかと思った。」


本当にその通りだと思う。
私のやっているクラシック音楽でも同じことをいつも思っている。
クラシック音楽というのは西洋起源のものだけど、私達は日本の伝統文化をよく知っていなければ西洋音楽を自分のものとしていく事は不可能なのだ。西洋音楽だけを、誰かのお仕着せでコピーしているだけでは意味がないし、やっていてもつまらないだろう。そのつまらなさは聴けばすぐに分かる。
日本の能や歌舞伎、文楽や落語の技を堪能解明し、また縄文の頃から今につながっている思考を自分の中に照らし合わせてみると、驚くほどに明確に、自分の中に息づいている日本人としての生活様式による動きや韻を含むリズムの習慣、そして何千年もかけて受け継がれてきた思考の習慣を手に取るように感じることができる。
そして、それがあってようやく、西洋の人達の体と思考の習慣を発見することができて、自分とリンクすることができるのだ。自分が何者であるかを知らなくては、できることではない。

2015年3月3日火曜日

つづき


ふろしきの中身は・・・
梅原猛 対論集。
もうほとんど読んじゃった。
面白かった!

2015年2月25日水曜日

プレゼント


先週は私の誕生日があり、家族からは過分にプレゼントをもらってしまった。。。ふふふ、やっぱり嬉しいことこの上なし!

写真は、リクエストしていたもの。
ふろしきに包まれて、デコシールでとめてある。
このデコシール、かなり気に入ったァ〜!

2015年2月23日月曜日

芸と命の長さ

坂東三津五郎が亡くなった。
悲しい。。

勘三郎が亡くなった時から、この人辛いだろうなと心配はしていた。子供の頃からのライバルと、長い時間と弛まぬ努力で作り上げてきた最高の相方。その相方とこれからの20年で開花するはずだったのに、心中察するに余りある。

大大大好きだったけれど、年齢がね・・・。本人達が一番思っているよね。
今で充分に素晴らしい三津五郎あってのこれからだったのにな。80歳の三津五郎が観てみたかった。
命の長さって、残酷だ。今まで三津五郎がやってきた事を何だと思ってるんだ!って、でもどうしようもないね。。生きるとは、何もかも受け入れるという事なのかな。

2015年2月16日月曜日

右手を痛める

ここ2週間位、右手の親指を痛めている。
ピアノで痛めたものではなくて、生活の中で痛めたものでこういう方がなかなか治りにくい。

いつでも、体に違和感を感じた時の最初が肝心だ。
練習の量を減らして(これがすごくストレスなんだけど)弾くときにも細心の注意を払っていたけれど、何せ弾くとなると指の酷使が半端じゃないからなかなか治らなかった。

生活の中で右手を極力使わないようにして、まぁまぁ良くなってきたと判断して練習量も戻していく。
一度練習量を減らして、しかも故障のために手加減して弾いていた為に、感覚の鈍った体をまた鍛えていくのはとてもキツいし楽しいことではない。

だけど今度はどんなスピードで回復をしていくのか、今度は自分の体の能力にどんな驚きを発見できるのか、と楽しみに感じる自分がいる。
だからやろうと思えるんだろう。

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