2016年10月24日月曜日

絵から分かるその人の趣味

少し前に、音楽関係の人と、美術関係の人が集まるお茶会に呼んでもらった。
実に楽しいひとときで、
皆さんの絵にまつわるエピソードが心に残った。



私が1番好きな絵は、
中学生の頃からず〜っと変わらず
ミレイのオフィーリアなのだ。

何の絵が好きかで、
その人の表面よりはむしろ内に秘めた性質が
分かるような気がする。

私は物心のついた頃にはもう小径好きで、
(小径好き、けっこういるでしょ?どう?)
この絵にもその種の独特の美しさが宿っている。


こわい、でも美しい・・・
ぎりぎりのところでせめぎ合っている絵で、
こういう雰囲気に若い頃すごく惹かれた。
そして今も変わらず、色褪せることなく、
この絵の魅力に心をつかまれたままだ。
私は実は一途なのかもしれない。


それでミレイという画家が1番好きなのかというと、
このオフィーリア以外にはあまり興味がない(笑)



「つばめよつばめ」
ミレイの他の絵でまぁまぁ好きなのは、
こういう路線の絵かなぁ。


「憩い」
こういう絵の好きな理由は、
服とインテリアがかなりツボだから、という感じか。


「ニーナ・レーマン」
白いドレスを着ている女の子の絵は、
誰が描いても大抵好きである。


そういえばターシャ・テューダーも
ひ孫によく白いドレスを着せて
花をもたせてデッサンしたり。


少女と白いドレスは
最強で完璧な組み合わせなんだ。




好きな絵は「オフィーリア」。
じゃ好きな画家は誰かな〜・・と考えると、
やっぱりモネかな。
何で好きなのかな〜・・と考える。。


「睡蓮」
モネの絵には、
心を駆け抜ける閃光のような新鮮さがある。
私は何においても、『新鮮さ命』の人間だ。


ハーブを育てるのが好きなのだけど、
その枝葉を手折った瞬間に
パッと立ち上がるフレッシュな香り・・
この感覚が、とにかく好きなのだ。



音楽もしかり。
その、音の生まれる『瞬間』に心が熱くなる。
その「生きてる」新鮮さを味わいたいのである。



「春の花」
夜に眠り、次の朝に目覚めたとき、
それはいつもの朝という感覚よりも、
まるで初めての朝なのでは?
というような感覚で目覚めることが多い。
ありとあらゆる事柄から、
新鮮さを抽出して胸をときめかすのが好きなのだ。



「サン・タドレスのビーチ」
この絵を見るといつも、
ヴィスコンティの映画『ベニスに死す』の世界に
連れていかれてしまう。
なんとも美しく、滑稽なほどの哀しさに
心を奪われるのだ。




「チャリングクロス橋」
モネはモネでも、こういう絵は
最近心に浸みるようになってきた。


時の変化で、物の見え方が違ってくる。



思い出に対する自分の受け止め方が、
スライドして変化していく。
そういうお年頃だから、こういう絵が浸みるのだろう。


モネの絵を実際に初めて見たのは、
7歳の頃に親に連れて行かれた
私には最初の大きな展覧会だった。
その時の鮮烈な印象を、今もよく覚えている。



モネの壮年期の作品。
これにはフォーレの若い頃のヴァイオリンソナタ1番なんて
よく似合うんじゃないかな。



モネ最晩年の作品。上の橋と、同じ場所。
これにはフォーレ晩年のヴァイオリンソナタ2番とか、
チェロソナタなんかが聞こえてくる。
いいなぁ〜。すっかり虜だな。

どういう絵が好きかで、その人の内面が見えてくるから
私は誰かの好きな絵の話を聞くのがすきだ。
その人の歩みを見る気がして、
より愛着を持って敬意を持って接するようになれるからだ。


私はモネを最初に見たから、新鮮な感覚が好きなのかな。
それとも、新鮮さが好きだから、モネが好きなのかな。
こんなことをつれづれに考えながら、
今日もよい一日だったな。。と眠りにつく。。。



2016年10月8日土曜日

みんな違って、みんないい

夕べ、ベートーヴェンの後期ソナタ群の聴き比べをしていた。

聴いたのは、
リヒテル、ルービンシュタイン、
ケンプ、バックハウス、ゼルキン、
ホロヴィッツ、アラウ、ヘス、
ギレリス、アニーフィッシャー、
バレンボイム、キーシン、ポリーニ、
ブレンデル、イヴナット、グールド。


ずいぶん聴いたね(笑)
それぞれに素晴らしいけれど
この中で特に気に入ったのは、
ルービンシュタイン、ギレリス、リヒテル、ゼルキンの4名だった。


ルービンシュタインのはライブ音源を聴いたのだけど、
もう、随所で音が楽譜と全然違う(笑)
以前にもショパン英雄ポロネーズで、
中間部の左手がオクターブ連動するあの有名な場面を
はなから音なんてどうでもいいという感じで、
全く違う音をず〜っと猛烈に弾いていた。
それでいて現実を超越した臨場感を漲らせて、
皆を興奮のるつぼへと追い込む、もの凄い演奏だった。
今回もまた、ベートーヴェンでもやってるんだね確信犯だな、という感じ。案の定、お客さんが大喜びなのが録音から伝わってきた。
ルービンシュタインもコルトーも、恍惚とすると目からビームが出るんだよな・・あれ、ちょっと怖い(笑)






ギレリスに関しては、この鉄人みたいな人に
今までそれほど興味を持てなかった。
もの凄くうまいから、沢山聴いたけれど。
どこが上手いのか具体的に分析的によく分かるのだけど、
何せあまり趣味じゃなかった。
だけど、後期のソナタにはこの男気がバチ〜っと噛み合って、
初めてギレリスを心から格好いいと思ったのと同時に、
最高レベルのピアニスト達の中でも群を抜いているんだと思った。
皆が怖れるピアニストだというのを、実感を持って感じてしまった。
男気あふれるダンディズム・・恐れ入りました





リヒテルを好きなピアニストは多い。
他のピアニストを決して褒めない一癖も二癖もある名ピアニストたち、
ホロヴィッツが、グールドが、ルービンシュタインが、
リヒテルにだけは首ったけ。
リヒテルはもう、ピアノという楽器を奏でているのではない。
彼が、音楽そのものとしか思えない、そういう存在なのだ。
あ、でも、母親の夫がいらんことを言いに会いに来た後などは、傷ついてボロボロの演奏だから注意しよう。録音を選ぶべし(笑)
一人だけ若い頃の写真にしよう。贔屓。だってリヒテル大好きだもん。





そして、ゼルキン。
夕べつくづく思ったのが、『系譜』についてだ。
私に音楽の文法を叩き込んだのは、ゴールドベルク山根美代子というピアニストだ。
彼女は幼い頃にアメリカに渡って、以来ゼルキンの愛弟子だった。
ゼルキンの演奏を聴いていると、全てを言葉で説明できるほどに私にとっては自然。
そう、ゼルキンから山根美代子に叩き込まれた文法が、私にも受け継がれているからだ。
そしてゼルキンの息のかかった人の演奏は、聴けばそれが分かるのだ。知らない人であっても。

ベートーヴェン後期のソナタは内容が濃厚なので、どんなに素晴らしい演奏でも1日1回でお腹がいっぱいになる。
だけどゼルキンの演奏は、1日に100回聴いたって多分疲れないんじゃないかな。
そして面白いのは、それでも私はゼルキンと似た演奏にはならないことだ。
その人間の美的感覚、趣向、個性がにじみ出て、自分だけの音楽が自由に広がる。
みんな違って、みんないい。だから面白い。
しかし・・なんて指の太さだろう。まるでタラコだね。いい音するだろうね。





2016年10月4日火曜日

いい気分で

ベートーヴェンを弾いていたら、
ピアノの弦が切れてしまった!



曲中、1度しか出てこないその高音部
思い切りいったら・・




速攻で調律師さんに連絡!



相棒は、1907年製のニューヨークスタインウェイ
性格よし、音色よし、ビジュアルよし。

大切に管理しているけれど、
今日のような気圧の変わり目は、
楽器に負担が大きいのかもしれない。
早くお天気が安定するといいな。。。


ブログ新しく開設しました!

新しいブログのアドレスはこちらです。 音楽や演奏、楽器の話などを書いています。 ご興味ある方はお立ち寄りください! アメブロ『MIHO Cantabile』