2017年12月22日金曜日

映画監督 妥協しない人たち

この前 NHKで、道を切り拓いたパイオニアとして『黒澤明』の特集をしていた。




番組では『影武者』の撮影に密着取材した時の、監督の演技指導だとか地味な部分を延々と(笑)貴重な映像を映していた。それを見ながら、爆笑問題の太田のことを思い出した。



太田がまだ20代の頃、爆笑問題のコントを見た森田芳光監督から「太田君ぜったい映画撮れるよ」と声をかけられて、映画『バカヤロー』シリーズのオムニバスを監督した時の話。
『バカヤロー』は森田芳光が脚本と総監督(編集のみ関わったらしい)で、若い人たちに監督をさせてみようという企画だった。

助監督には後にリングで有名になる中田秀夫がついたり、カメラは伊丹十三作品を多く手掛ける前田米造だったりこういう経験豊富な人たちに励まされながら、右も左も分からない中で監督として、限られた予算と日程のぎゅうぎゅう詰めの中で撮影が始まった。

主演は小朝。まだ金髪じゃない。


撮影現場は鬱蒼とした森や湖で、100人近いスタッフが泊まりがけで連日作業をしていた。
中には太田が気に入らず「なにあいつ?お笑い?あんなやつ何ができんだよなー」と太田に聞こえるように陰口を叩くスタッフもいて、太田は「ちくしょー!」と思いながら監督業に食らいついていた。(太田はもともと、日芸の映画学科卒だ)


1つのシーンを撮るためにカメラの位置を決めるとき、照明や役者の立ち位置などの調整で少なくとも30分位かかるらしい。
それからようやく他の作業に入るわけで、この作業を無限に、限られた時間の中でやっていかなければならない。

それで30分かけてカメラの位置を決めて、「出来ました監督見てください」と言われてカメラをのぞくと、イメージとほんのちょっと違う。絵コンテとか言葉で伝えたことを一生懸命やってもらったけど、カメラをあとほんの数ミリ前に出したい。

でも時間はない。カメラの位置をほんのちょっとずらしただけでも、また照明と立ち位置のやり直し。時間がない。
ここで1ミリずらしたいとは言えない。でも、「ほんのちょっと違う」と思っている。

「監督、これでいいですか」と聞かれて、
「はい.....これで........いいです」と言っちゃう。

撮影はそんなことの繰り返し。
1日撮ると、近くにある町の小さな映画館を借りて、撮ったものを大ざっぱに繋げたラッシュという映像を見てみる。

そうするとやっぱり思った通りで、言えなかった所がことごとく駄目、それで映画の感じがどんどんずれていってしまう。

そうやって、妥協の産物みたいな映画になっていったらしい。


まだ若くて経験もない太田がそれでも一生懸命取り組んでいって、最終日。
ようやくこのシーンを撮り終えたら全部終わり。スタッフも役者もみんな東京に帰れる。

そのシーンは、鬱蒼とした森がぼうっと生きているかのように光って幻想的な感じで、70人の美術・照明スタッフが夕暮れになる前に、森にたくさんの照明を配置した。
そして夕暮れになって照明をつけて、カメラテストに入る。

太田が思っていたのは「森全体がぼーっと光ってる感じ」だったけれど、やってみたら、クリスマスツリーが沢山あるみたいになっていた。
「監督、どうですか?」 クレーンのカメラにのぼってのぞく。
「あー........ ぜんぜんちがう..........」と思う。
でも、とてもじゃないけど言えない。
自分のような若造のために2時間かけて一生懸命作ってもらって、これが終わったらみんなようやく家に帰れる。
ちがう...と思いながら、「okです.....」と言う。


そこへ撮影初日以来初めて、森田芳光総監督が登場して「どう?やってる!?」
「あ、これ例の森のシーンでしょ?ちょっと見せてよ」
クレーンのカメラに上っていって、クリスマスツリーの森を見て、
「なーんだい、こりゃ!?」と大声で言い放つ。
その後も遠慮なく「なにこれ?おもちゃじゃん!ばかみたいじゃん!」「なにこんな照明たいてんの?」
美術や照明やカメラのトップは森田より年上の大御所で、怒りでわなわな震えている。
でも森田は平気で言い放つ。
「ばかか、これー!」

太田に「いいの?これ、監督が言ってたのと全然違うよねー、なんでこんなことになってんの?」「だめだよこんなの!やり直しだよ!」
太田は心の中で「うわー、この人すごいな」と思いながら、森田に乗っかることはできなくて、「あ、いいんです.....これでいいんです.....」と言うと
「え?ちがうじゃん!太田君が言ってたのと全然ちがうじゃん!こんなのクリスマスツリーじゃん!ばかだよこの絵ー!」
太田はもう泣きそうになって「いえ、大丈夫です.....」
森田は「太田君がいいんならいいけどさー、俺はちがうと思うけどなー!」と言って帰って行った。

みんなが太田を見て「これでいいんですか?」という目で見ている。
太田は「はい、これでいきます。よーい、スタート.....」


全て終わって、東京のスタジオで編集作業に入る。やっぱり全然だめで、、、
太田は「あー、映画監督っていうのは、スタッフにどんなに嫌われようと忖度なんかしちゃ駄目なんだ、俺は妥協ばっかりしてきたじゃん、、、どんなに人に憎まれようと、自分のイメージになるまで何度でもやり直す、だからあの凄い映画が作れるんだ、思えば黒澤明も誰もみんなそうだった、鬼だと言われてもやるという覚悟がいることなんだ」
と、その後の仕事の礎になったというような話をしていた。
というかその後、遠慮なく過激な発言をして爆笑問題はしばらく干されるから、もしかしてこの体験が影響したんじゃ?と思ったり(笑)それでもスタイルを突き通してまた世に出てきたのは凄い。やり通した。


何の職種でも、妥協が妥協を生むっていうのは同じかもしれない。森田監督みたいな物の言い方は映画監督以外やめたほうが良さそうだけど(笑)

自分のイメージになるまで何度でもやり直す。共同作業にしてもその擦り合わせはすごく大事で、時間もお金もない差し迫った状況と人間関係の中でいかにうまくやるのかが、難しいけど腕の見せ所なのかもしれない。

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